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ありがとうの心をいつまでも

公益財団法人 瀬田南大萱霊園

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今年は「赤」です

投稿日 2020.12.04(金)

 12月1日、「いつもと何かが違う・・・??」と見慣れた霊園風景に違和感を持ちました。そのわけは、霊園内の人気者「六地蔵さん」の装いでした。

 目に飛び込んで来た鮮やかな色の正体は、6体お揃いの真っ赤なニット帽をかぶせてもらってうれしそうなお地蔵様。

 毎年、心ある方がお地蔵様のために手編みのニット帽を用意してくださっており、私が知る限りでは年により色が様々で、6体全部同じ色であったことは無いように思います。

 今年は6体揃っての真っ赤な帽子が子供らしくてかわいらしく、 クリスマス前なのでとても賑やかで楽しそうなお顔に見えます。それとも、年末の紅白歌合戦の紅組優勝を予知されているのでしょうか!?

 「赤色」には、生命力・経済力・行動力・情熱など熱く前向きにする効果があると言われています。今年は一年中、新型コロナウィルス感染者状況を気にしながらの生活を強いられてきました。来年はどのような年になるのか、全く予測できない状況ですが、この状況の中でも「楽しく生きるために何ができるか前向きに考えて過ごしていきなさい。」と真っ赤なニット帽のお地蔵さんに教えていただいたように思えました。

(うめ)

女性陣、リベンジを果たす!

投稿日 2020.11.05(木)

 10月30日、今年も恒例となりました第8回当霊園理事長杯グランドゴルフ大会が開催されました。

 コロナ禍で様々な催事が自粛されている中で、開催しても良いものかどうか主催者側としての迷いはありましたが、ご利用者の皆様から「他の大会もほとんど中止されているので、ぜひとも開催して欲しい。」という声が多数聞かれたため、感染防止対策を行った上で例年よりも内容を縮小しての開催となりました。

 当日は例年のごとく秋晴れの好天に恵まれ、男性24名、女性16名あわせて40名が日頃の成果を競いあいました。昨年は男性陣が大躍進を遂げましたが、今年は女性陣が1~3位を独占し昨年のリベンジを果たしました!

 今年度は霊園の桜まつり、地蔵盆が中止され寂しい一年かと思っていましたが、今年最後のイベントで皆様の笑顔溢れたお顔を見れたことを大変うれしく思いました。来年もありふれた日常を過ごし、例年通りの催事ができることを願うばかりです。

 なお掲載の集合写真、久方ぶりの笑顔が見られました。しかしこれは写真撮影時のみマスクを外していただきました。お許しください。

 第8回 理事長杯グランドゴルフ大会 結果 

第1位 上 野 明 子 様
第2位 連   夛津子 様
第3位 北 村 ユキエ 様


おめでとうございます!

(うめ)



逆さ紅葉

投稿日 2020.10.29(木)

 霊園の木々も色鮮やかに秋色に染まってきました。

 桜の季節が一番のおススメですが、今の紅葉の時期も是非ともご来園いただきたい景色があります。

 私の一番のお気に入りは、園内の下丸尾池のほとりにある一本の大きなアメリカフウの木。秋になると燃える炎のように赤く染まり、その存在感の大きさに感動します。そして、その姿が池の水面に映し出されます。

 この写真を見て気づかれましたか?実はこの写真、天地逆さまなんです。

 この景色が好きで毎年こっそり写真を撮っていたのですが、今年ほど水面に波が無くきれいに鏡の様に映っているのは初めてでした!(いつもはいいカメラを使うのですが今回はスマホなので画質が残念・・・)

 鏡の様になった水面に景色が映る絶景として、ボリビアのウユニ塩湖が有名で、日本のあちこちで類似した現象が起こる景色が話題になっていますが、この時期は水面に映る美しい紅葉「逆さ紅葉」の名所が各地で紹介されています。人混みに行くのはためらうと言う方は、一度お墓参りがてらに霊園の紅葉をお楽しみください。天気の良い、朝一番がきれいに見えますよ。

(うめ)


霊園随想・お盆に想う
幼少時代の“わが家”

投稿日 2020.07.21(火)

 わが家は明治以降から生粋の農家であった。

 家族は祖父母、両親それと三男一女の兄弟、全員で8人の大家族。昭和50年頃まで一つ屋根で過ごし、育ててもらった。

 祖父母と両親は4人の子どもを育てるのに日夜、野菜作りと米作りに精を出し、行商に勤しんでいた。

 常日頃は天候が影響する農作業だったので、荒天時以外両親たちは暗くなるまで田畑で仕事をしていたので帰りが遅く、夕食時間も遅くなり家族全員が揃って夕食を取ることがなかった。

 両親が野良仕事をして留守の間には兄弟で井戸から水を汲んで風呂に入れ、古材を薪にしてお湯を沸かしたり、家で飼っている黒牛の食事(人が食べられない米や麦のくずを煮たものを藁と混ぜたもの)を作ったりして手伝って過ごした。

 我々の夕食のおかず(副食)は夜の帰りが遅いが故、前日にたくさん作った野菜の煮物や芋の煮っころがしが日常であった。その中にあって月に1、2度牛肉ではなく鯨の身の入ったカレー(しかも手作りのカレー粉を用いた)を母親に作ってもらった時は兄弟みんなで喜んでおかわりをしてまでおいしく食べた記憶がある。

 あれから40有余年。兄弟4人それぞれ独立し併せて7人の親となった。その後、子供たちもそれぞれ独立し、私たち親世代は老夫婦2人の静かな暮らしへ。今、当時を振り返る時、その賑やかさと喧騒に懐かしさを覚えるとともに、その暮らし向きの変化は隔世の感がある。

 お盆も近くなった。お盆とは「浄土から戻ってくるご先祖さまや家族の霊をお迎えし、供養する伝統的行事」である。お盆には老境の兄弟たちに「帰って来いよ!」と声をかけ、よもやま話も悪くない。きっと、祖父母や両親の霊も喜んでくれるのではないだろうか。

(とむくん)

初夏のクチナシ

投稿日 2020.06.30(火)
初夏のクチナシ

 今、霊園内に数本あるクチナシの花が満開に咲いています。
 以前にピックアップでもご紹介したキンモクセイの強い香りとはまた違った、何とも言えないあま~い、そして香水のような魅力的な香りがする真っ白なくちなしの花が私は好きです。その理由は香りだけでなく、花びらもしっとりとして厚みがあり、何といってもこの純白さに目を奪われます。白い花なんてどこにでもあるのですが、白さが違う!!この季節は特に新緑が鮮やかで濃く、緑と白のコントラストが何とも言えないのです。同じように、この季節よく見られる色とりどりのアジサイの中でも、私は白色のアジサイがお気に入りです。

 誰かに聞いたのか、どこかで読んだのか覚えが無いのですが、私の中での名前の由来は、黙っていても香りが居場所を知らせてくれるから「口無し」と言うと思っていましたが実は違うようで、一般的に果実は熟すとザクロのように割れますが、クチナシの果実は熟しても割れません。クチナシの果実は割れない=口が開かない=口無し=「クチナシ」と名付けられたらしいです。でも「口無し」とは書きません。「梔子」と書きます。見たことも無い漢字でした。

 また、「口なし」という言葉が「嫁入りの口がない(嫁の貰い手がない)」につながるという言い伝えもあり、女の子のいる家にはクチナシを植えない方がいいとも言われているとか。ところが、クチナシの花言葉は「私は幸せ者」「とても幸せです」「喜びを運ぶ」だそうで、海外では花嫁のブーケにも使われる花です。和名が「くちなし」であるばかりに嫌われたり好かれたり、花からしたらいい迷惑ですね。

 春の沈丁花  秋の金木犀  初夏のクチナシ
この3つは、日本では「三大香木」といわれています。霊園には沈丁花の木が無いので、植えて欲しいなあ~とここでお願いしておきます。

(うめ)

初夏のクチナシ

諸行無常「コロナ」

投稿日 2020.06.23(火)
諸行無常「コロナ」


諸行無常「コロナ」

 中国・武漢発と言われる新型コロナウイルスによる肺炎、緊急事態宣言は解除されたものの第2、第3の感染が予想され、まだまだ厳しい状況にあります。

 そのようななか、霊園にお参りの書家の先生が「こんな感じで頑張りましょう」とおっしゃられ、A2版用紙に箴言を揮毫いただき、事務所にお持ちいただいた。この緊急時、ひとりでも多くの方々に早くお知らせを、とのことから休憩所等利用者施設“ほのぼの庵”の屋外掲示板にさっそく掲示させていただきました。

 曰く「諸行無常 コロナ いつまでも続くものではない 今は距離を置いて いつか君と」

 文意は、「諸行無常」とは仏教語であり「世のすべてのものは移り変わり、生まれては消滅する運命を繰り返し、永遠に変わらないものはない」との意。であることから、コロナ、コロナと恐れをなし騒いでいるがこのような危機状態は何時までも続かない。いまは三密を避け、ソーシャルディスタンスを保ちながら、新しい生活様式に変える努力をしょう。そのような暁には、必ずコロナのワクチンや医薬が開発され治療法が確立、コロナを君と呼べるくらい仲良く共生できる時が来る。それまでの辛抱、頑張ろう、との意味だろう。

 カタカナの「コロナ」が漢字の「君」に変化する、この「文字化け」の発想にはまいった。詳しくは掲載の写真を見てください。

 先生、ありがとうございました。

(だい)

諸行無常「コロナ」


諸行無常「コロナ」

18歳と81歳の違い

投稿日 2020.06.22(月)
さかさまの人生
総合トイレ前の掲示板にも掲示してあります。

 今年はコロナ禍による人生初の自粛生活を経験しました。決して喜ぶべき事態ではありませんでしたが、きっと将来教科書に載るような歴史的な状況を体験できたことは感慨深いです。戦争を経験された方にとっては、ツライ思い出が再び呼び起こされたかもしれませんが、話でしか戦争を知らない世代にとっては、平凡に過ぎていく日常がどんなに幸せであるかを実感できたからです。

 先日、霊園の役員さんから面白いものを教えて頂いたのでご紹介します。

に溺れるのが 18歳

風呂で溺れるのが 81歳

道路を暴走するのが 18歳

道路を逆走するのが 81歳

がもろいのが 18歳

骨がもろいのが 81歳

偏差値が気になるのが 18歳

血圧・血糖値が気になるのが 81歳

まだ何も知らないのが 18歳

もう何も覚えていないのが 81歳

東京オリンピックに出たいと思うのが 18歳

東京オリンピック迄生きたいと思うのが 81歳

自分を探しているのが 18歳

皆が自分を探しているのが 81歳

家に帰らないのが 18歳

家に帰れないのが 81歳

 この元のネタは「笑点」の大喜利コーナーのお題となったのが始まりで、SNSで流行り新ネタが次々とでてきているそうです。高齢者をバカにしてるようで気分を害する方もおられるかもしれませんが、81歳でも「長生きやね」とは言われない今、笑って読める方が多いことは幸せですね。

(うめ)

さかさまの人生
総合トイレ前の掲示板にも掲示してあります。

綺麗だよ。だけど!

投稿日 2020.06.01(月)
オオキンケイギク


オオキンケイギク

 先日「池の周りの黄色いお花、綺麗ですね。何というお花ですか?」と聞かれました。恥ずかしながら、私たちはあまり気にも留めず漠然とやり過ごしており、「名前なんて知る由もない」不勉強もの。

 改めて注視してみると、池・下丸尾池の周囲堤にはところどころ黄色い花の群生が認められ、きれいな景観を形成しています。それもここ近年、特に増えてきたように見受けられます。

 ところでこの花の名前は「オオキンケイギク・大金鶏菊」というそうです。北米原産の多年草で草丈は30cmから70cm程度に成り、5月から7月にかけて黄色のコスモスに似た花を咲かせます。強靭で良く生育することから、観賞用・緑化用として1880年代に国内に導入、道路の法面緑化に使用されていたほか観賞用としてポット苗で流通、親しまれてきたと言います。しかしあまりに強く、いったん定着すると在来の野草の生育場所を奪い、周囲の植生環境を一変させてしまうことから2006年に外来生物法に基づく特定外来生物に指定され、生きたままの運搬や栽培、譲渡などが原則禁止されているということです。

 さてこの花、法面緑化に使用されていたとはいえ「開園時にはなかった」と古老の話。どこかから運ばれてきたのでしょう。梅雨期を迎え、いよいよこれからは雑草がはびこる時期。それとともに下丸尾池の周囲提の植栽管理・草刈時期にもなります。栽培しているわけでなく、お咎めもなし。草刈りの時期までもう少し楽しませてもらおうと思っています。

(だい)

オオキンケイギク


オオキンケイギク

霊園随想・時に感じて
変わりゆく冠婚葬祭事情

投稿日 2020.01.10(金)
代表者が本殿に参拝
代表者が本殿に参拝

“昭和55年頃の元服式の様子
昭和55年頃の元服式の様子

 いまや令和の時代。昭和は古くなりましたというところだが、最近の冠婚葬祭事情についてふれてみよう。

 我々世代・昭和30年以前に生まれた男性は数え年15歳前後になると、3年に一度の割合で大人の仲間入りの証となる「なが入り」と呼ばれる儀式が行われていました。昔の元服の流れを汲み、該当する少年達は全員参加が慣例であり、儀式も厳格であったと記憶します。

 その頃の「なが入り」の儀式は正月の月に地域の氏神様の境内でご祈祷を受け、その後集会場(主に自治会館)で年長者のお世話で小々のお神酒と温められた甘酒を受け、肴は炙った硬いスルメと冷たいミカン・1~2個を貰って、みんなで楽しく話しながら時間を過ごし、その徒然に地域の習わしや慣習を伝え聞いたことを懐かしく思い出します。今もこの行事は該当する少年の親御さんのお世話によって受け継がれていますが、地域内の急激な人口増加とそのことによる人間交流の多様化によって「なが入り」の良き習わしが薄れつつあるように感じるのは私だけでしょうか?

 他方私たちのかかわっている葬祭の部分でも大きな変化があります。葬儀はこれまで「家」を中心として地縁血縁者が一堂・自宅に会し、故人を偲びつつお送りした葬送の儀式からシステム化したホール葬、そして家族葬、親子葬、最近では直葬(医療施設から火葬場)という簡易の弔いが増えているとか。お墓事情にしてもしかり、土葬が無くなりすべてが火葬になり、先祖代々・父子相伝の家墓地が寺院墓地から都市郊外霊園墓地へ拡大し、今では駅近集合納骨壇方式や小区画の樹木葬墓など多様に変化。最近では公営合葬墓や永代供養墓などが話題になり、簡単・合理性を優先したような祭祀方法が多くなっているとか?加えて、先日来園された京都の業界長老も「墓じまい」が「建墓・祭祀する事」を上回る現実を憂いておられました。

 昭和、平成から令和の新時代を迎えました。これからの冠婚葬祭事情、さらに大きな変化が予想されます。変えることに臆病であってはいけない。しかし、合理性優先で変えることを急ぐあまり本来の意味を失念し、変えてはいけないものまで変えてしまうようなことがあってはならない。と思うのは私だけだろうか?老人のやっかみ半分、ひとりごとです。

(とむくん)

代表者が本殿に参拝
代表者が本殿に参拝

昭和55年頃の元服式の様子
昭和55年頃の元服式の様子

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